社長ブログ
2018.12.19
自分で勝手に判断しない。
社員に仕事を任せることは大事である。
なぜならば、任せる部分がないと社長や幹部が余裕が作れないし、余裕がないと未来への投資が出来ないからである。また、社員の側からすると何でもかんでも聞きながらやっていたら仕事が進まなくなってしまう。
しかし任せるというのは、非常に曖昧である。任せるとは言っても、あらゆること全て任せることは稀で、ある程度の範囲を決めて任せるのが基本である。なので本来であれば何をどこまで任せるか明確でなくていけない。全部任せるということは、「放任」になりかねない。
一番困るのは、入社経験の浅い社員に何かを任せた際に、任された範囲が伝わっておらず、誰にも相談せず勝手に判断し物事を進めることである。これは大概失敗する。まるで教習所にも行かず、何のルールも分からず路上運転し、交通事故を起こすのと同じである。更に困るのは、事故の怖さを知らないで運転することで、普通であればビビるのだが、時に、全くビビらないで進む人もいる。これを暴走という。暴走する人は、自分は出来ると勘違いをしていることが多い。
私は必ず師に学ぶ。先人の知恵を拝借する。書籍で予備知識を頭に入れる。分からないことは聞く。そして確認をして進める。なぜならば自分には自己判断のみで物事を進めるだけの実力はないし、出来るとも思っていないからである。
逆に、自分が出来ると思った瞬間痛い目に会うのである。これは真実である。
2018.12.18
変化対応できない条件
世の中は変化をする。
よく言われる話だが、恐竜が滅びた理由は変化する地球環境に対応できなかったからだという。
会社も同じである。常に変化するマーケットに対し、環境適応をしていかないと会社は生き残ることはできない。
では、変化に対応できない時とはどんな時か。それは単純に言うと、余裕がない時である。別の言い方をすると、飽和状態であるとも言える。なぜかと言えば、目の前にある事に対応をせざるを得ず、変化に対応するスピードが鈍ってしまうからである。
そうなると、ギリギリの人数で仕事を回そうとしてはいけないということになる。生産性をある一定以上上げてはいけないということになる。よく、「チャンスに対し備えていなければいけない」というが、備えがあるということは、余裕があるということでもある。なので、飽和状態から脱するためには改善を促すと同時に、人を採用もしていく必要があるとも言える。
勿論、余裕がありすぎると怠けることになるが、飽和状態はもっと悪いことになる。ケチってギリギリまで社員を働かせるのは愚の骨頂。社長も社員も常に余裕がある状態をつくりだすことが大事なのであろう。
2018.12.17
365歩のマーチ
「365歩のマーチ」を知っているだろうか。
「幸せは歩いてこない、だから歩いて行くんだね
1日1歩、3日で3歩、3歩進んで2歩下がる」
と言う歌詞で始まる水前寺清子の大ヒット曲である。
子供の頃、「なんで3歩進んで2歩下がるのだろうか、アホちゃうか?」と思ったことを覚えている。しかし、今では何となくその意味が分かる。一生懸命頑張って3歩進んでも、色々あって2歩下がっちゃうこともある。それでも1歩は進んでいる。着実に1歩ずつ、前進しようということであろう。そして少しずつでも前進することの積み重ねは大きい。
毎日のこと、或いは定期的に同じことを繰り返すことが出来る人は本当にすごい。そして、その為にはあれもこれも手を出さず、「これはやらない」という強い意志が必要である。このことは環境整備の整理に通ずる。なのでやはり環境整備の考え方は、成果を上げるために絶対必要なのだと思う。
まずは悪習慣の整備からなのである。
2018.12.16
ベランダの手すり
確か浜田山のベランダの手すりである。
マンションのバルコニー手摺は普通はコストが優先され、無機質な既製品が多い。しかしさすが浜田山という地域性もあるのだろうか、とてもおしゃれで目を引く手摺である。
材質はロートアイアン(鍛鉄)か、アルミ鋳物かどちらかであろう。残念ながら近くまではいけないので確かめることは出来なかった。
バルコニー手摺は勿論機能上、落下防止のために決められたバラスターピッチ(縦格子の間隔)を守る必要がある。通常は11cmの隙間と言われている。赤ちゃんの頭が通り抜けない幅である。この制約を守りながらデザインをするのは結構しんどい時がある。また、パターンの連続を展開するデザインは連なるとしつこくなる可能性がある。なのでパターンの考える際に、連続したことを想定する必要がある。そしてもう一つ大切なのは建築とのバランスである。
コスト優先も分かるが、目に見える外観は、美しい街づくりにもつながる。そして文化レベルを上げ、子供たちの情操養育ににもつながる。このような素敵なデザインが街にもっと広がればいいと感じている。
2018.12.15
手を動かす
これから鋳物で作るものがある。
すでに図面が出来ており、それを見ると何となく分かるが、なんか変である。細かいところで矛盾がある。簡単に言うとエッシャーの絵を見ている感じである。このように、時々絵としては描けているが、立体となると?になることがある。それを無くすために3D‐CADがあったりするが、実は3D‐CADは、事前に形がイメージできていなと逆に時間がかかる。
で、そういう時はどうするか。答えは「とにかく手を動かす」である。ということで今日はスタイロフォームを買ってきて図面を見ながらラフな形状を作った。そうすると、なるほど矛盾点や問題点が見えてくる。そして作り方が見えてくる。ここで割れば作りやすいとかも見えてくる(少々専門的だが、鋳物はどこで「割る」かが重要である)。
そして、これを参考にすれば図面も書きやすいし、3Dデータも作りやすい。このように、いきなり3Dに行くのではなく、まずは切った貼ったで手を動かして形を作ってみる方が、実は早道であることもある(もちろん形状によるが)。
「考」より「行」はつねに意識していることだが、今日はそれが如実に表れた1日であった。正直最初は面倒臭かったし、普段やり慣れていないことなので少々疲れたが、達成感を伴う気持ちよい疲れであることは間違いない。兎に角動くことが重要なのである。