社長ブログ
アートシーン
2019.09.15
「さとうそのこ」さん
さとうそのこさん・・・。
やさしく、かわいらしい彼女の作品は「そのこ人形」と呼ばれ、かつては小学校の教科書の表紙を飾ったこともある。モリチュウが大変お世話になっている銅板鍛造作家の赤川政由さんの奥様でもあるそのこさんは、とてもソフトで、優しい方であり、癒し系の元祖ともいえるそのお人柄は、その子人形にとどまらず、絵やレリーフなど、平面作品にも、そして具象のみならず抽象作品にもいかんなく発揮されている。
そして、そのこさんのもう一つの特徴は色使いである。ほんわかした雰囲気を醸し出す色使いは、鋳物では残念なが
らなかなか発揮できないが、私自身はそのバランスの良さを理解しているつもりである。
下の絵は、そのこさんの最近の絵ハガキであるが、そこからも私の言う意味が理解していただけると思う。
作品からにじみ出てくるやさしさ。スマホ時代の今だからこそ、大事にしたい。
今日、さとうそのこさんが亡くなりました。ご冥福をお祈りいたします。
2019.08.22
中央区にある高欄
お盆休みに先週は地元新郷工業団地の「ばんばん祭」があったため、ブログをお休みしました。
さて、今週はアートシーンです。
こちらは中央区役所の前にある橋にかかる高欄である。下は首都高速道路が走っている。
樹木の広がりにも見えるデザインであるが、そうとも言い切れない抽象的イメージである。
また、横桟部分が真円になっているのもとても面白いデザインである。
写真にある人の姿から想像できるが、高さは1.8m位はあるのではないだろうか。
そしてそれなりに総長もあるので、かなりダイナミックな印象になる。
材質はアルミ鋳物製であるが、そのダイナミックな印象があるのは、通常のアルミ鋳物パネルよりかなり厚みのある贅沢な造りとなっていることと、表面のテクスチャのなせる技である。なのでよくあるアルミ独特の弱々しい印象はない。
実は今はこのようなデザインは実現できないかもしれない。それは横桟部分が足掛かりになるため認められないのではないかと思う。しかし、このようなダイナミックなデザインは、街のアイキャッチとなる場所では必要であると思う。なにもかも行政のせいにするのではなく、自己責任という感覚も復活してほしいものである。
2019.07.28
京都駅の照明器具
京都に行った。
その時に撮影をしたのがこの京都駅の照明器具である。
以前にも気になっていたが、今回改めて見てみるとやはりいいデザインだなぁと思ってしまう。
本体の素材はアルミ鋳物で、ステンレスの部材が組み合わされていると思われる。
表面は単純な透かしの格子模様であるが、ポイントは透かしでない部分の配置の仕方。それを適切に配置することで、なぜか花模様の様にも見えてくる。これは裏面に光があるからこそなせる技である。
そして、ステンレス部材のシルバーの光が全体に緊張感を与え、間延びしないイメージを作る出している。
デザインをする上で大切なのは、照明器具のみでデザインを考えてはいけないということ。それだけが浮き上がってしまい、全体最適にならない場合がある。今回の場合の様に、ベースの石と光源の色と、器具のデザインがすべてバランスが取れていることが大事。時には「モノ」が脇役になることも考えなくてはいけない。
いずれにしても、この照明器具は、空間全体にマッチした京都らしい和と華やかさを同時に感じさせるデザインだと感じるのである。
2019.07.07
マーボ君
この作品は、石川雅興(いしかわまさとも)さんの作品である。
通称「マーボ君」と呼ばれている。
銅板鍛造を主とした作品を制作しているが、モリチュウとゆかりの深い「赤川政由」さんの弟子でもある。
非常に素朴な人柄ではあるが、その奥には熱くたぎるエネルギーを感じさせてくれるマーボ君は、なんとも不思議な宇宙船をお煎餅にしたような造形を和紙を織り交ぜてく作ったりしているが、最近は様々な試行錯誤を通して、独自の世界を生み出している。
和のテイストを前面に出した「葉」の作品は、細くか弱い印象にも感じるが、実はその場の「空気感」を一瞬に変えてしまう強さがあある。「静謐」という「音」を感じさせてくれる作品である。そしてその作品本体のみではなく、壁に映りこむ影が作品の一部なし、より奥深さを感じさせてくれる。ある意味哲学的な作品ともいえる。
アーティストとして最も誇り高い誉め言葉は、「見ただけであたなの作品と分かる」ということらしい。赤川さんの弟子という称号が取れるステージまでほぼ来ているのではないかと感じる。「守破離」という言葉があるが、離の境地へ近づきつつあるのか・・・。
マーボ君はまだまだ若い。今後更に応援したいアーティストであると同時に、「離」に到達しつつも、師匠をいつまでも敬う気持ちは忘れないでほしいとも思う。
2019.06.23
新郷工業団地50周年モニュメント
先日新郷工業団地の50周年モニュメントが竣工をした。
これは、日本芸術院会員の春山文典氏がデザイン及び原型制作を行い、川口市内の富和鋳造様で鋳造をされたものである。素材は鋳鉄製である。
このモニュメントは、縄文式土器をイメージしてたデザインとなっている。縄文時代には文明が急速発展した時の弾けるようなエネルギーがあり、それが土器に表れていると言われている。このモニュメントも、これまでの新郷工業団地各社の力強い活動と絆を称え、かつ今後の更なる発展を願い、縄文時代のパワーになぞらえた、力強さと上昇をイメージさせる伸びやかなフォルムとしている。
そして、かねてから鋳鉄には独特の強さがあると主張をしてきたが、その「素材力」がいかんなく発揮されたモニュメントでもある。この素材独特の武骨さと内面から出てくる強さは見る者を魅了してやまない。朽ちることのない鋳鉄製のモニュメントは、今後の経年変化による深みが楽しみでもある。この作品は、後世に残る貴重なアートであることは間違いない。
2019.06.16
ボンズさん最新作
これはボンズさんの最新作である。
初めてではあるが、どこかの案件に向けて作ったものではなく、自分自身の為に作ってもらった作品である。
銅板鍛造の良さと、ボンズワールドが見事に炸裂する会心の作品であると私も思っているし、ボンズさん自身もそう感じているような気がする。この写真は、先日開催されたHouse de Art(毎年立川の外人ハウスで開催される)の際にお披露目をしていた写真であるが、そこに集まってきた人たちの評判も「上々だった!」と、ボンズさんが言っていた。
今はモリチュウの社内に仮置きされているが、いずれ社内のきちんとした場所に設置を予定している。
そして、これが社員、そして自分自身に日々投げかけるメッセンジャーとしての役割(そしてこれこそが本来のボンズアートの役割なのであるが)を果たしてくれることを期待しているのである。
ボンズさん、素晴らしい作品をありがとうございます。もう一つくらい欲しいですね!
2019.06.02
婦人青少年会館
この写真はつい数か月前に竣工をした川口市内にある「婦人青少年会館」のフェンスである。
鋳物の一つの特長として、様々な造形が可能であることが挙げられるが、これもそれを生かしたフェンスである。正面から見ると単なる縦格子に見えるが、斜めから見ると柔らかい膨らみをが見えてくるというデザインである。つまり、見る角度でデザインが変化するということになる。
アートの世界では、絵画や彫刻から、様々な動く彫刻やデジタルアートといった動的なアートへとその表現方法が多様化している。特にデジタルアートの進歩はめざましく、プロジェクションマッピングもその一例であるし、トランプ大統領夫人と阿部首相夫人が出かけたデジタルアートミュージアムなどでは、斬新かつ参加型でのアートが楽しめる。
この鋳物のフェンスとデジタルアートとは比較する対象ではないが、動かないフェンスに対し、自分たちが動くことで変化がみられるデザインは、「静的」鋳物を「動的」な造形に変化させる一つの可能性を示している。
モリチュウの提案に対し、その意図を汲んでデザイン設計をしていただいた杉原設計様に感謝です。
2019.05.26
タツノ式ガソリン供給機
田町駅近くで見かけた不思議な鋳物製支柱である。
よく見ると「タツノ式ガソリン供給機」と書かれている。記録には昭和4年とあり、車が少しずつ普及し始めたころである。「赤坂区役所」にて使われていたとのことなので、そこにあったガソリンスタンドで使われたものであるようだ。
装飾よりは機能面を重視されてしかるべきものであるが、ガソリンが貴重品であったとうこともあるのだろうか、鋳物らしさをいかんなく発揮し、上部に照明を設置するなどして、機能と装飾をうまく融合させたデザインとなっている。また、写真では分かりずらいが、量を示す「リットル」の表示があったりして、細かいところにも手を加えている。
このガソリン供給機は特許品だそうだ。それを製作した「タツノ」という会社のエンブレムの中心には、日本の国旗がたなびいている様が鋳出されている。当時の日本の勢いと「タツノ」社の未来に対する意気込みを感じさせるとデザインの様にも思える。
この「タツノ」社。今では「株式会社タツノ」となり、世界三大ガソリン計量機メーカーに成長している100年企業である。
2019.05.19
とある駅にて
実は先日「日刊工業新聞」に私の記事が掲載された。その記事はデザインに関することだったのであるが、記事の中に「毎週アートについてのブログを更新している」と書かれてしまった。なので、アートシーンについては、しばらく続けなければならなくなった。周囲が新聞記事のことを忘れたころにまた考えるとしよう・・・。
ということで、今回はベトナムのとある駅である。初期の鉄道敷設は国家事業であり、その国の文化を進度を測るバロメータである。その為主要な駅にはその価値にふさわしいデザインが施される。これは辰野金吾が設計をした「中央停車場」、現在の「東京駅丸の内駅舎」からも想像できるし、ニューヨークのグランドセントラル駅も例外ではない。
この写真の駅はそう意味ではローカルな駅なのであるが、それでも鋳物製の柱が連なり歴史と文化を感じさせる駅舎である。ベトナムは古くはフランス統治下にあった時代もあり、柱のデザインもその影響を受けているのであろう。非常にバランスの良い洗練されたデザインとなっている。
移動手段も多様化し、鉄道の意義も時代とともに変わってきているが、歴史を感じさせるこのような建築はいつまでも残してほしいと思う。なんでもスクラップアンドビルドでは、あまりにも悲しすぎる。
2019.05.05
床面照明フレーム
日曜日はアートシーン。
こちらは新高岡駅の駅前広場で見かけた床面照明のフレームである。
高岡にゆかりのあるモチーフがデザインされているのであろう。高岡も鋳物の街。やはり単純なステンレスのフレームでは面白みがないということで、このようなデザインをあしらったのであろう。
この床面照明フレームの面白さは、デザインが数種類あり「あ、こんなデザインも、あんなデザインも」と見付けるのが楽しくなることである。そしてそれほど大きな物ではないので、コストパフォーマンスもよく、特長も出せる。この程度の予算は難なく捻出できるはずなので、街を楽しくするアイテムとして様々なところで採用してほしいと思う。
ただ残念なのは、新高岡駅の乗降客がそれほど多くなく、あまり人目に触れていないということである。人の集まるところであれば間違いなくアイキャッチになる。例えば番号を付けたプレートを置くだけで待ち合わせ場所になったりする。「キュポラ広場(川口駅東口駅前広場の名前)の3番プレートで待ち合わせね」なんていったら面白いな・・・と思うのである。
2019.04.21
アートサイロ
麻布にある異彩を放つこの建築はアートサイトと呼ばれている・・・と思う。
思う・・・というのは、実は写真の脇にサイロ状の建物があり、そちらは間違いなく「アートサイロ」である。(写真に右派移っていないがサイロ状の建築の一部に30年位前であろうか、モリチュウで手がけたアルミ鋳物がある。
そしてこの写真は「アートサイロ」の一部なのか別の建物なのかは分からないが、何とも面白い建築である(ちなみにモリチュウは絡んでいない)。
設計も誰が行ったのか調べて見たが分からない。何となく梵寿綱氏の建築を思わせるが、実績には載っていないようである。いずれにしてもガウディを思わせるような目を惹く建築である。
個人的にはメタルのジョイント部に鋳物が使われると非常に面白いと感じる。最近は天井を貼らずにダクトを見せているお店も多いが、あえてジョイント部を見せる建築は個人的には好きだ。
賛否両論はあるが、このような「遊び」のある建築が増えるといいなぁと思う。そのためには施主と建築家とメタルアートに携わる人たちが直接つながる必要があるのである。
2019.04.14
怪獣?
アメリカで見たモニュメントである。
ロケーションは海辺のショッピン街。
周囲には高層の建物はなく、何となくおしゃれな空間である。
この怪獣モニュメントはまず大きい。圧巻の一言である。
そして造形はいわゆるトピアリー、つまり樹木で造形物をつくる手法である。
しかし、同時に銅板も使われている。銅板で全体の形状を作っている。
この銅板と樹木の組合せが絶妙である。
なぜここに怪獣がいるのかは分からないが、とにかくアイキャッチになる。
そしてこの怪獣は口から水を吐いている。そこにはユーモアがある。
この底抜けの面白さがなんとも心地いいい。
そこに意味があるわけではない、メッセージがあるわけではない。理屈もない・・・多分。
そういうモニュメントもいいなぁと思う。
2019.04.07
スケボの天敵?
以前、カリフォルニアのビーチに行った際にみつけたオブジェである。
縁石のエッヂ部分についているオブジェ。いくつかのデザインがあり、海辺ということもあり、全てヒトデや貝などが具象で表現されている。かなりディテールに凝ったデザインであり、これこそ鋳物ならではの表現ということになる。
ふと思った。そうか、これはスケートボード対策なんだ!以前日本でもこのようなものを見たことがある。しかし、その時は無機的で単純な金属のプレートの様なものが配置されていたと記憶している。時に、スケートボードが禁止の場所がある。そんな時にこのようなオブジェ的なものがあると、ただ「ダメ」というのではなく、「悪いね、理解してね」と伝えている感じがする。スケボファンの人も、思わず「しょうがないな・・・」と思うのでは。確かに生き物を踏みつけるのはやはり抵抗があるもの。
うーん、さすがカリフォルニア、この遊び心が憎いなぁと思った。
2019.03.31
天王洲アイルの手摺
日曜日はアートシーン
この写真は3月26日の日本経済新聞に掲載されていたIBMの広告である。外国の風景にも似ているが、ここは品川区にある「天王洲アイル」である。
なぜこれを今回選んだかと言うと、この女性がよりかかる防護柵がモリチュウ製であるからである。随分前の製作、もう25年くらい前になるだろうか・・・全体の風景に馴染みながら今でもしっかりと存在感を以て景観を作っている。
当然鋳物製であるが、支柱のみならず、横桟も鋳物製というこだわりようである。そして、これは当時設計をしていたRIAの山田様のこだわりであった。ウッドデッキと水辺と鋳鉄のシンプルな手摺・・・広告に使われる位なので、デザイン的にも一定の評価を得ているということだろう(以前はテレビドラマでも良く使われていた)。
しかし、今このような手摺を作ろうとすると非常に困難が伴う。技術的な話ではない。理由は、縦格子でないと許可が下りない場合が多いからである。しかし、縦格子では風景にはなじみずづらい。
外国では横桟だけの手摺もたくさんあり、全体の景観に溶け込んでいる。もう少し安全に対する自己責任という認識が広がれば、デザインの幅が広がり、景観はより美しくなるであろう。これは民度の問題にかかわることでもある。
2019.03.24
ボンズワーク
赤川政由さんの作品である。
以前、生越の「山猫軒」に行った際に見た作品である。
メルヘンチックであり、なんとなくノスタルジックでもあり・・・
何ともやさしい可愛い女の子の顔ではないだろう。
とにかく表情が生き生きしている。
赤川さんの作品には、依頼者や設計者の思いがこもっている。
彼らの思いをしっかりとらえ、それを形にするのがボンズワークの特徴である。
製作は、デザインから始まり、それを立体にする過程で全て型紙を作る。
正に服を作るようにである。実は地道な作業の連続である。
1枚の銅板が型紙の形に切られ、曲げられ、叩かれ、組み立てられるうちに
どんどん、表情が出てくる。赤川さんのハンマーの一振りごとに、命が吹き込まれているようである。
我がまち川口にも、赤川さんの作品が沢山ある。
是非、探してみてください。
2019.02.17
五徳
モリチュウは業務用厨房機器に使われる部品を作っている。
具体的に言うと、バーナーや五徳と言ったものである。
五徳はあまり馴染みのない言葉であるかもしれないが、要するに鍋やヤカンが乗っかるところだと思っていただければよいと思う。
さて、この写真はアメリカのキッチンで見た「五徳」である。アールデコ調の一つのパターンを彷彿させる形状で、非常にシンプルであるがお洒落なデザインである。また、組み合わせるとその美しさと面白さ更に際立つ。普段目にしない五徳の形状であるので、大変面白いと感じて撮影をした。
このように、五徳の形状を変えるだけでユニークなガスレンジになる。例えば「見せる厨房」で調理をすればパーティも楽しくなるし、お店であればお客様へのアピールになる。
食事は味わうだけではなく見て楽しむことも大事。食器がそれだけ重要視されるのであれば、厨房も同様に重要視されても良いのではないか。見えない厨房から、見せる厨房、更に魅せる厨房へ。
この五徳は非常にインスピレーションをかきたてるものであり、可能性をさらに広げるアイテムであることは間違いないと感じた。
2019.02.10
銅像
オレゴン州ポートランドの空港で見つけた銅像である。
銅像という位であるから、ブロンズ鋳物であり、一般的な硫化仕上げである、
銅像をみかけて写真を撮る人もそう多くはないと思うが、撮影をするとしても銅像全体を撮る人がほとんどであろう。勿論全体空間の中でのアートの位置づけや、インパクトを考える上で全体像は大切である。しかし、私の場合は職業病もありどうしてもディテールに目が行ってしまう。
今回注目してほしいのはブロンズ鋳物ならではの細かい表現である。特に手に持っている本の様なものに文字が記載されている。よく見てみると、空港に設置されているとうこととで「パスポート」と「搭乗券」と書いてある。この辺りのユーモアがとても面白い。更に搭乗券の行先が「東京」となっているのが、なんかとても嬉しかった。こんなユーモアを感じられる造型が街中にあったら楽しいだろうなと感じるのである。
残念なのは、誰をモデルにした銅像か分からないことである。
2019.01.27
ニューヨークの建物
「鋳鉄の柱があるよ」と言われ見に行ったことがある。詳しい場所は分からないが、ニューヨークのどこかであり、その写真がこちらである。
現在、1階がギャラリーかおしゃれなお店が入っているビルであるが、そこの支柱が鋳鉄製であった。非常に大きなもので、直径80cm、高さは3.5mはあったのではないかと思う。肉厚も相当なもののようであり、当時こんな大きな鋳物をどのように作ったのか、そしてどのようにして運んできたのか、想像がつかない。兎に角大変な労力であったはずである。
鋳鉄かつて短い期間ではあったが建築の材料をとして使われたことがあった。木材は火災で焼けてしまうが、鋳鉄であれば火災にも強く頑丈という話であったが、実はある程度の高温になると鋳鉄の柔らかくなるし、剛性も失われてしまうためややその根拠に欠ける。そして当時は靭性のあるダクタイルと言う素材もなかったため、脆さもあったはずである・・・が、このように実際に今でも存在をしているのも事実である。多分100年は断っているのではないか。デザイン的にもギリシャの石柱を思わせる重厚感と存在感のあるフォルムとなっている。
アメリカの古き良き時代を感じさせる、今でも残る貴重な建築であることは間違いない。
2019.01.20
バッテリーパークのサイン
このサインばニューヨークの、自由の女神までの船が出ているバッテリパークのサインである。
パット見ただけで、なんとも洗練されたデザインであると感じる。一目見た瞬間「かっこいい!」と思った。
通常、立面のサインには支柱がある。しかしこのサインにはない。それでも構造的に問題ないのは、断面がRとなっているからである。そしてそのため、非常に全体のフォルムがすっきりしている。更に、全体のフォルムがすっきりしているため、足元の〇の連続した模様が生きる。支柱等が無いため、コスト的にもメリットのある。
そして、サインには、メッセージを伝えるという大切な役割がある。そうなると、ロゴや文字の配置も大切になるが、それも抜群のバランスになっており、スッキリシンプルで美しい。
じっくり見ていくと、このサインは本当に、練りこまれたデザインであることがわかる。
実は海外のサインには日本にはない非常にユニークなものがある。今後も機会があればどんどん情報収集をしていきたいと思う。
2019.01.13
塗師祥一郎作品展
日曜日はアートシーン
つい先週の2019年1月12日まで、川口総合文化センター・リリアで「塗師祥一郎作品展」が開催されていた。
これは、様々な方が川口市に寄贈された塗師先生の作品を展示したものであるが、非常に多くの方が来館しその絵の素晴らしさを堪能したとのことである。
塗師先生の画風や特長については様々な人が書いているので専門家に任せるとするが、今回初めて見た初期の作品は塗師先生の代名詞でもある「雪景色」とは違うキュービズム的な表現であり、力強さを感じた。
個人的に、風景画を見る際にはその場の「空気感」が伝わってくるかをいつもポイントとして鑑賞することに決めているが、塗師先生の雪景からは「きりりと冷えた空気」が流れているのが伝わってくる。そして冷たい雪景色なのだが、なぜか穏やかな気持ちにさせてくれる。なんとも不思議な魅力だ。
かつて、どういういきさつか何かの写生会に参加をした際に、塗師先生が現れた。その時、ある方の描いていた絵に対し、「これはね、こんな風にするいいんだよね」と言いながら、2.5cm幅位の絵筆に白い絵具をたっぷり付け横に一本線を引いた瞬間、絵ががらりと変わり、本当に深みのある絵になった瞬間を見たことがあった。
これが本当のプロなんだと身震いしたことを今でも覚えている。
2019.01.06
ユニスフィア
今日は、錦織が久しぶりにツアー優勝したという嬉しいニュースが入ってきた。
また先日、大阪での「万博開催」が決まった。そして、今日はこの写真のような大きな地球儀である。さて、これらの共通点は何か。
実はこの地球儀は「ユニスフィア」と呼ばれ、「フラッシング・メドウズ・コロナ・パーク」にある。フラッシングと言えばテニスのUSオープンが開かれる聖地であり、錦織が以前ファイナルまで行った場所である。そして、この巨大なモニュメントは1964年4月からニューヨーク万国博覧会が開催された際にシンボルとして設置されたものである。
アート作品としての力強さと表現力は勿論のこと、当時としてはまだ比較的新しい素材であったステンレスで構成され、高さ40メートル、重さ300トンもある超大作である。そして、設置から55年たった今もその変わらぬ美しい姿を披露している。
そういえば、1964年と言えば、東京オリンピックの年。今年最初のアートシーンがこのユニスフィアであるというのも奇縁である。
2018.12.30
ヤンキースタジアム
日曜日はアートシーン
今日はニューヨークにあるヤンキースタジアムである。竣工は2009年なので21年目となる。
最初の写真はエントランス部分の単純な縦格子のフェンスである。そう、単純な縦格子なのだが、ちょっとアレンジをするだけでなぜかとても味があるデザインとなっている。ニューヨークヤンキースのロゴが上部にあしらわれているが、これが「エンブレム」としての役割を果たし、デザインにリズムを与えている。更に、縦格子の表面には、塗装でザラツキを出している。この細部へのこだわりも素晴らしい。
そして目を見張るのは、屋根の梁のデザインである。建物の構造体としての役割も去ることながら、基本カラーのグリーンに統一されジョイント部分の見せ方も非常に美しい。フェンス同様、周囲のレンガとのバランスが絶妙である。
古き良きアメリカを表現するデザインと、全体とディテールへののこだわりが、メインゲートしての存在感を際立たせている。
2018.12.23
アルミ鋳物のドア
タイトル通りアルミ鋳物のドアである。
アルミ鋳物の門扉は結構よく使われている。一般的には剣先が先端についている縦格子のものや、唐草調のものが多く、業界の中には「あーあの感じね」とすぐに想像がつく方も多いと思う。
しかし、アルミ鋳物をここまで大胆に「ドア」に使った例はそう多くはない。いわゆるアルミ鋳物の門扉とは一味も二味も違う。イブシと有機的な形状のアルミ鋳物タイルの組み合わせは、抽象画を見るようであり、ゆったりと盛り上ったタイルの磨き部分はなまめかしささえ感じる。
そして取っ手がドアというキャンバスにポイントを添えている。この取っ手も実に美しい。
(デザインは田原良作氏である)。
2018.12.16
ベランダの手すり
確か浜田山のベランダの手すりである。
マンションのバルコニー手摺は普通はコストが優先され、無機質な既製品が多い。しかしさすが浜田山という地域性もあるのだろうか、とてもおしゃれで目を引く手摺である。
材質はロートアイアン(鍛鉄)か、アルミ鋳物かどちらかであろう。残念ながら近くまではいけないので確かめることは出来なかった。
バルコニー手摺は勿論機能上、落下防止のために決められたバラスターピッチ(縦格子の間隔)を守る必要がある。通常は11cmの隙間と言われている。赤ちゃんの頭が通り抜けない幅である。この制約を守りながらデザインをするのは結構しんどい時がある。また、パターンの連続を展開するデザインは連なるとしつこくなる可能性がある。なのでパターンの考える際に、連続したことを想定する必要がある。そしてもう一つ大切なのは建築とのバランスである。
コスト優先も分かるが、目に見える外観は、美しい街づくりにもつながる。そして文化レベルを上げ、子供たちの情操養育ににもつながる。このような素敵なデザインが街にもっと広がればいいと感じている。
2018.12.09
テクスチャー
集水桝の蓋である。
何げなく町にあふれている集水桝の蓋ではあるが、横基調の格子のバランスがとても奇麗である。そして注目すべきは表面のテクスチャー。これは滑り止め効果を狙っているもの思われるが、その機能面もさることながら、鋳物ならではの造型である。
このようなテクスチャーは、一度溶かすという工程がない限り表現をすることは出来ない。シンプルな形状〈デザイン)に鋳物らしさの特徴のテクスチャー。
造型性と言う面から見た鋳物らしさが凝縮されている製品である。
2018.12.02
旗差し
先週と同じビルにあった「旗差し」である。
最近は祝日に国旗を掲げることも少なくなったが、昔は祝日を「旗日」と言い、文字通り祝日には旗を掲げた。その旗を支持する旗差しであるが、これも美しい鋳物で製作されていた。
旗差しも、最近ではパイプを溶接をしたものが殆どなのでとても味気ないが、やはり旗は常に何らかのシンボルであり、特に国旗を支持するものはこれくらいの重厚感があって欲しいと思う。
唐草の文様と縦スリットがバランス良く組み合わされ、壁面定着部(台座)の文様は西洋のものなのか、あるいは仏像の台座のデザインから来ているのか・・・いずれにしても落ち着きと品格のあるデザインとなっている。
材質はやはりブロンズ鋳物であろう。このように、一瞬見落とされ勝ちなところにしっかりとした鋳物が使われているのを見ると、とても嬉しくなるのである。
2018.11.25
レリーフ
前回はモダンな建物に使われる鋳物を紹介したが、今回は「ザ・鋳物」的コテコテの鋳物である。
これは東京駅丸の内側にあるとあるビルの扉である(ビルの名前をメモするのを忘れてしまった)。とても有名なビルなので知っている人も多いと思う。歴史と格式のあるビルであるが、そこに当時の財力と権威を示す象徴として、重厚な鋳物を使った門扉が設置されている。
この門扉はかなりの重量があるため構造と施工に大変な苦労があったことは想像に難くないが、きっと対外的な信用を示すためにも、このような立派な門扉が必要があったのであろう。今ではなかなか作るのが大変な門扉である。
そしてここに使われているのはブロンズ鋳物。そしてこの重厚な唐草文様の繊細な凹凸は鋳物でなくては出来ない表現である。いわゆる鋳物らしさを最も分かりやすく伝えている事例と言えるであろう。
2018.11.11
扉
普通の人はあまり気にならないところについ目が行ってしまう。いわゆる職業病とでもいうのだろうか。
これは見ての通り、東京駅周辺のどこかのビルの扉であるが、中央部分に鋳物の装飾が施してある。見たところ多分アルミ鋳物であろう。自動ドアにさりげなくこのような装飾がなされるとぐっと高級感が増す。そして私はどうしてもそういうところに目が行ってしまい、思わず写真を撮ってしまうのである。
鋳物は古いデコラティブな装飾というイメージを持っている方も多いと思うが、近代的な建築においてはこのような装飾過多ではないが、鋳物ならでは凹凸感を上手く生かすと建築全体に奥行とインパクトと高級感が生まれる。特に人の目に触れるところに使うと効果的であることは間違いない。
これは残念ながらモリチュウの実績ではないが、景観鋳物にたずさわる立場の人間として、このような効果的な使い方を伝え広めていかなくてはいけないと思うのである。
さて、次回はこちらとは対照的にコテコテの鋳物を紹介したいと思う。
2018.11.04
ベンチ
有楽町駅から徒歩で2分ほどの所にあるベンチである。
休日、アウトドアカフェで賑わうおしゃれな場所。そこにあるベンチがこの写真である。フォルムはシンプル、かつバランスが取れていて実に美しいフォルムである。しかしベンチは座ったらすぐに脚がおれてしまったら大変なことにある。なので、ある程度強度がないといけない。そういった意味では、スッキリとしたデザインを追求するのは見た目以上に難しいものである。
このベンチは、強度を出すために、脚部の断面形状がT字になっている。そしてその形状を溶接で作ることもできるが、鋳物の方が作りやすいケースもあり、このベンチの場合はそれにあたる。鋳物というとデコラティブな印象があるが、構造上求められる形状が鋳物の方が作りやすい場合は、鋳造という製造方法が選択されることもある。そして鋳造という製造方法であるが故に、このようなシンプルで美しいベンチが出来るのであれば、やはり鋳造はアートに最も貢献できる製造方法であると言える。鋳造についてもっと知っもらえれば、より一層美しい世界が広がるはずである。
2018.10.28
鉄
日曜日はアートシーン
都内のとあるレストランで見た手摺というか、ハンドレールというべきか・・・。オールドアメリカンなスタイルのお店のアートワークで、木基調の内装に非常にマッチしている。
全体的にはシンプルな形状であるが、支持柱に曲げ加工がなされ、それが連続すると流れが生まれ、全体が一つの作品となる。総じてとても柔らかい雰囲気になっているが、その雰囲気を演出している要因は全体のフォルムと「鉄」という素材である。鉄は物質的には固いが、見た目はとてもやさしく、やわらかい素材である。特に無垢材からは朴訥とした表情がにじみ出てくる。私はそれを良く「素材が語りかけてくる」と表現している。鉄は赤錆が出るという理由で避けられ勝ちな素材であるが、室内装飾であれば十分に使え、その魅力をいかんなく発揮できる。
鉄の語り掛けてくる声をしっかり受けとめ、その魅力を十分かつ分かりやすく伝えられたとき、初めて一流になったと言えるような気がする。
2018.10.21
ピクトサイン
日曜日はアートシーン
あるビルの中で見かけたピクトサインである。「車いす可、オストメイト、おむつ交換ができる」ということで通称「誰でもトイレ」とも言われている。
街で見かけるピクトサインはとても面白い。東京オリンピックの時よく見る一般的な男女のトイレマークがデザインされたとも聞いたが、ピクトサインは日本人はもとより、外国人にとっても分かりやすいサインである必要がある。そのため様々なところで様々なデザインがされている。似たようでちょっとひねったデザインであったり、ユーモラスなデザインであったりするので、よく観察すると様々な発見がある。
このサインは鋳物ではなくステンレス製でレーザーカットをしたものである。しかしレーザーカットはそれほど厚い板をくりぬくことは出来ず、実際出来たとしてもコスト的に現実的ではない(時間がかかりすぎるからである)。このサインの外側の枠の部分は厚みがあるように見えるが、これは板を重ねて厚みを出している。これが結果的にデザイン性を増している。
ピクトサインの製作方法は千差万別である。先日、川口の新市立高校で鋳物製のピクトサインを取り付けたが、鋳物はより立体的な表現が出来るのでそれはそれで面白い。
デザイン×製造方法=無限大・・・と考えると、ピクトサインは面白く、そして奥が深いと感じる。
2018.10.14
鋳物の街路灯
オレゴン州セーラムにある鋳物の街路灯である。
オレゴン州はアメリカ西海岸にある。シアトルのあるワシントン州とカリフォルニア州の間に位置する春から秋にかけて非常に気候が良い場所である。そのオレゴン州の州都がセーラム。そこに立ち寄った時に撮影したのがこの街路灯である。
鋳物の街路灯であるためレトロな雰囲気はあるが、いわゆるコテコテのデコラティブとは違う比較的スッキリしたフォルムである。しかし細部に目を配ると鋳物ならではの表現が沢山みられる。特に「州のマークの鋳出し」や「ハカマ(照明灯下部の太い部分)からポールにかけての曲線」、そして「ポールの縦に伸びるスリット」などがそれに当たる。そして表面の塗装がやや劣化をしているが、風景の中に溶け込んでいる。これも鋳物の特長の一つである。
街路灯だけで街が形づくられるわけではない。この写真から見てもわかる通り、街路樹、周囲の建物、電線の無い道路など様々な要素が合わさって美しい街が構成される。まさにコーディネートの力が試されるのである。
ちなみに、この美しいフォルムは地震の無いオレゴンだからこそ出来るデザインかもしれない。そういう意味では残念ながら日本の街づくりはどうしても保守的にならざるを得ない。
2018.10.07
マンホール
日曜日はアートシーン
最近は、全国各地域のマンホールの写真を集め、インスタグラムなどで発表をしているなど、結構なマニアがいるらしい。そのマンホールは鋳物の代表選手であり、一般の人が最も目にする身近な鋳物であるとも言える。
マンホールの無い町は無いため、各地域で様々なデザインのマンホールがあることはマスコミの報道でよく知られているところであり、町のアピールにも一役買っている。そのため各自治体は皆デザインにはとても力を入れている。広島には広島カープのマンホールもあるし、高知県には「アンパンマン」のマンホールもある。「アンパンマンホール」と呼ばれているかは定かではないが・・・。このように多種多様なデザインを可能にするのは鋳物の豊かな造型性のなせる業である。
私の地元川口市でよく見かけるのは下の写真のようなデザインのマンホールである。中心に市の花である「てっぽうユリ」をあしらい、その周囲には格子状の文様となっている。そしてこの文様のデザインの特徴は縦横のラインが織りなすようになっており、造形性の高さを表現するとともに、滑り止めも兼ねている点である。これこそ鋳物でなくては表現できないデザインである。私はこのようなデザインを見ると心ワクワクするとともに、さすが鋳物の街川口のマンホールであると誇らしく思いながら毎日市内を歩いているのである。
ちなみに、名古屋のマンホールのデザインはとてもユニークである。いつかご紹介をしたい。
2018.09.30
豊海小学校
一昨年に施工を完了した、東京都中央区豊海小学校である。
写真をよく見てほしい。正面からみると、ほとんど縦格子の単純な門扉に見える。しかし斜めから見ると波模様が浮き出てくる。縦格子の形状を工夫することでこのようなデザインが可能となる。つまり門扉の前を歩いて通ると、一歩ずつ門扉の見え方、つまりデザインが変わってくる。
時々同じような見え方をするガードレールなどがあるが、これは二次元の世界の話。鋳物は3次元の世界であるため立体的であり、その変化する姿のダイナミズムが全くちがう。普通の絵本と、飛び出す絵本の違いに近い感覚であろうか。
鋳物と言うとデコラティブなデザインであったり、コテコテの唐草模様のデザインを想像する方も多いが、それは平面的な世界の話し。視点を変えると鋳物の面白い使い方が見えてくる。これはその事例のひとつであろう。
ちなみに、デザインの基本コンセプト設計は森雄児である。
2018.09.09
アルミ鋳物の表現
日曜日はアートシーン
これはある場所のレリーフを製作した際に、現物見本として製作をしたものである。先日の「お魚さん」でもアルミ鋳物が使われているが、やはり、素材の特徴(そして、製造方法の特徴)をよく知らないと適切なアートを生み出すことは出来ない。
この写真には、アルミ鋳物独特の表現がすべて盛り込まれている。ベースの板にはテクスチャーを入れ、そこに少しふき取りを行うことで、凹凸感を際立たしている。「葉の形」は、凸部分に磨きをかけ全体から更に浮き出し強調されている。葉脈も少しだけ凸にし磨きをかけることでしっかりと存在感を強調、葉全体の立体感を更に強調している。いわゆるこの「いぶし」の表現により、何とも「秋らしい」イメージが感じられるのではないだろうか。
アルミ鋳物に限らず、素材と仕上げ方法をより理解をした上で、様々な建築やランドスケープを演出してほしいと思う。その為にはしっかりとその特徴を伝える努力を惜しまないようにしないといけない。是非鋳物という素晴らしい造形技術に対し、多くの方に興味を持っていただきたい。
2018.09.02
日曜日はアートシーン
なんとも彫刻的な門扉である。
この門扉は木工の彫刻家具などを作っている田原良作先生が原型を制作し、それを鋳物にした門扉である。材質はアルミ鋳物。フレームは鉄で構成をしているが、前面にアルミ鋳物の縦格子が来ている関係でフレームが目立ちにくくなっている。そして、常に「木の素材感」と「素朴さ」を大事にする田原先さんの基本を、アルミ鋳物という金属素材に置き換わっても感じる取ることが出来る。
リズム感を大切にするのも田原さんの特長。左右の対照なフォルムがそのリズム感を演出している。柔らかく自然な曲線で構成されるバラスター(縦格子)一つ一つは木の枝のようにも見え、あるいは人の骨のイメージにも見える。前者の視点では「本人の優しい人柄」が滲み出ていると言えるし、後者の視点で言えば「生命感が湧き出ている」とも言える。見方によっては「官能的」とも言える。
決して大きいとは言えないが、木と鋳物の両方の良さを理解している田原さんの世界が見て取れる作品だといえる。ちなみに、田原先生は「川口総合文化センターリリアのロビーのベンチ」や、「医療センター壁面レリーフ」など川口市内の建築にも作品を残している。
2018.08.26
お魚さん
日曜日はアートシーン
この壁面の装飾は、あるホテルの壁にかかっていた物である。海辺だったので魚をモチーフにした作家の作品であろう。白い壁に、なんともユーモラスな表情をしながら小魚たちが群れている様子は、非常にインパクトがある。そして部分的に尾びれと体が重なっている部分があり、レリーフ全体に奥行き感を出す工夫をしている。
製作方法はアルミ鋳造である。壁面に付けるので軽量化が求められるので当然の選択となる。そして表面をバフ研磨で磨きをかけている。この光沢を出すにはAC7Aという材質でないといけない。
拡大をした写真をよく見ると、目の部分や口の先は意外とラフな仕上がりになっている。実は丁寧に仕上げしぎると全体のエネルギーが失われ、レリーフ全体の強さと手作り感が失われてしまい、作品に勢いがなくなる。適度にラフな感じが実は味なのであるが、日本でこの感覚は伝わりにくい(手を抜いていると勘違いされる)。
今度、自宅用に一つ作ってみたいと思った。
2018.08.19
レオナール・フジタ
レオナール・フジタこと藤田嗣治の没後50年を期して「藤田嗣治展」が東京都美術館で開催されている。
実は今から12年前に没後120年を期して東京国立近代美術館でやはり藤田展が開かれていた。その時私は観に行っており、「カフェ」のポスターを購入した。そのポスターは今でも家の壁に飾ってある。
藤田は1920年代にフランスのエコールド・パリ(パリ派)の活動に参加をしている。そこで独自の画風に磨きをかけていったようである。エコールド・パリの活動ではボヘミアン的生活が主であったらしく、自由な表現を追求する時代背景の表れなのであろう。
フランスに渡った藤田ではあるが、やはり根は日本人である。その画風には和の要素がにじみ出てくる。特に藤田の絵の特徴である「乳白色の肌」と「輪郭」を描く画法は当時のヨーロッパの画壇ではセンセーショナルであったはずだが、これは浮世絵からの影響であることは間違いない。そして影を強調することなく立体感を表現する方法も浮世絵から来ているのだと思われる。
また、藤田の画題は独特の表情の少女が有名であるが、同時に「猫」も有名である。この猫の動きはリアルでその描写と表情は本当に「見事」としかいいようがないが、そこには鳥獣戯画の影響があるように思えてならない。
晩年はフランスに帰化した藤田だが、日本をこよなく愛した画家である。開催中のポスターにはこのような文字が飾っている。「私は世界に日本人として生きたいと願う」。第二次世界大戦の時は戦争画家とし従軍をし、その時の絵も残している。このような藤田の思いを理解しつつ作品を見るとまた面白いはずである。
※開催中の藤田嗣治展のガイドブックは「株式会社本村様」で製本されていました。
2018.08.12
Lamp
思わに所に不意に現れるアーティスティックなシーンがある。
今日は夏休みなので、家内の実家に行った。家内の実家は名古屋にある。夏休みは恒例で実家に集まり今年は総勢20人の親戚縁者が集まった。
それは置いといて、名古屋といえば幾つか名物の食物があるが、その一つが「ひつまぶし」である。普通の人が最初に見ると「ひまつびし」と読み間違えるが「ひつまぶし」である。どのような食べ物かは各自で調べてもらうとして、名古屋駅の駅地下にある「ひつまぶし」のお店に入って目に入ってきたのがこの照明器具である。
照明器具は先日「イサムノグチ」のところでも書いたようにアートの世界が直接的に関係する分野である。この照明器具は、内側に銅の素材の色をそのまま使いながら鍛き(たたき)を施し光の乱反射を演出し、外側は硫化処理(あるいはそれに近い塗装)をした仕上がりとし、あえて目立たない存在にしている。しかし、器具の形状はヘラ絞りとロール曲げ加工を行いながら美しい対称のフォルムを構成している。
照明器具の面白さは、形状だけではなく光の反射というもう一つの要素が加わることである。この照明器具は銅という素材のやさしさに暖色系のランプを使うことで、店の高級感を演出し、その雰囲気作りに間違いなく貢献している。
当然ながら、料理も美味しく感じるのである。
2018.08.05
イサム・ノグチ
イサムノグチは、石の作家というイメージが強い。
そう思っていたのは私だけかもしれないが、実は鉄板を使った作品や造園設計、更に舞台の小道具なども手掛けるマルチなアーティストである。
下の写真はかつてニューヨークのイサムノグチ美術館に行った際に撮影をした作品の一つである。かの有名な「あかり」デザインシリーズに通ずる非対称の構成が感じ取れる作品である。また、鉄板の一部にスリットを入れたり、切り込みを折り返すシンプルな技法を使った作品であるが、シャープな切断面が作品全体と周囲に心地よい緊張感を醸し出している。これはニューヨークで作られた作品だからだろうか。
イサムノグチは日本人とアメリカ人のハーフである。なので作品のどこかに「和」の要素が出てくる。そう考えるとこの作品は「禅」の世界につながる白と黒で構成される水墨画にも通じるようにも見えてくる。
また、大小の対の構成は男女の寄り添う姿にも見える。それは作品の一部がつながっていることからも想像に難くない。
「抽象の面白さはこのように様々な想像を膨らませることができることである」と先日書いたが、いい音楽を聴き、美酒を楽しみながら好きな作品を愛でることは幸せな時間であることは間違いない。
2018.07.29
ボンズさんのモニュメント
このモニュメントは川口元同駅近くにあるシティデュオタワーに設置されている。
ここは叔父の故森行世が手掛けた再開発高層ビルであるが、叔父は必ず再開発される前の歴史(とき)を大事にしていた。そしてそのシンボルとして設置されるのが赤川さんの作品である。
赤川さんはその意図するところをしっかりと理解し、絶妙に作品に投影する。この作品もかつて鋳物工場であったこの場所に思いを馳せ、おじいちゃんが孫にその歴史を語り、孫がその意思を汲みながら新しい未来に向かっていく姿を表現している。そしておじいちゃんのポケットにはちゃんと小道具が仕込んである・・・というユーモアまで付いている。
歴史はそこに必ずあり、お金では買えない価値がある。建物はなくなっても、そこに流れた汗や感動やほろ苦い思い出は残る。そして新しく来た人たちにも、そんな歴史を少しだけ知ってほしい・・・。
こういう使命を担っているのが、ボンズさんのモニュメントなのである。なので「高い」とか「もっと安くできる」とか言われると、悲しくなる。Priceless・・・そういうことを理解してくれる人たちと仕事がしたい。
2018.07.22
パウル・クレーの絵を見て
先日日本経済新聞の日曜版にパウル・クレーの絵が掲載されていた。
パウル・クレーはパステルカラーの柔らかい色調が多く、好きな画家の一人である。
この絵のタイトルは「バルトロ:復讐だ、おお!復讐だ!」で、モーツアルトのオペラを題材に描かれたとのこと(日本経済新聞より)。
声量豊かなオペラ歌手から放たれる豊かな声の広がりの描写とパステル調の色彩からは「復讐」というイメージは伝わってこない。オペラ歌手の描写そのものもどこかユーモラスだ。「復讐だ」と言っていながらも、実はその浅はかさに、嘲笑を加えているのではないか、さらに「復讐」という題材ではなく、「オペラを歌う歌手の姿」を題材にしていると考えれば、そのタイトルとは関係なく、純粋にオペラに対する感動を色彩に表しているのかもしれない。
絵画、特に抽象画は、見た目の第一印象、色の雰囲気や全体の構図などのバランス、あるいはアンバランスを楽しむ。そしてそれがなぜそのように描かれているか勝手に想像する。想像の糸口は、その時の書かれた画家の生活状況や精神的背景などが重な要素になる。
絵画を見ながら様々な事柄を想像し、思考を巡らせる。そこから思いもかけない発想に結びつくこともある。こんな勝手な想像をしながら思考遊びをするのが、印象派や抽象画の一つの楽しみ方であると、勝手に考えている。
まぁ、難しいことを考えるより、見ていて気持ちが良ければそれだけでいいのではあるが・・・。
2018.07.08
構造のアート
日曜日はアートシーン
建物には必ず構造がある。柱とか梁がそれに該当するが、通常はそれをカバー材などで化粧することが多い。しかし。最近はそれをデザインし、敢えて見せるような建築が増えつつある。
構造で重要なのは、梁や柱の太さや材質であるが、同時に構造同士を結び付けるジョイント部分も重要である。そのジョイント部分をデザインすることで、隠すことが多い構造部分を建築の一部として「見せる」ことができる。見せるからには形状の自由さが求められるため、作り方としては「鋳造」が適している。同時に強度が必要なので材質は「鋼」同等レベルが求められる。これをクリヤーするのが「鋳鋼」というものである(鋳鋼についてはいずれどこかで書いてみたい)。
写真は、品川インターシティの内部構造部分である。上下の横梁をつなぐテンション部材(柱のようなもの)とジョイント部は十分にデザインをされており、それが連続すると更に美しさが増す。ここに機能とデザインの融合の好例がある。
ちなみに。モリチュウでは鋳鋼の対応は出来るがジョイント材の強度を検証するノウハウがない。もしそのような構造計算を出来る方がいれば是非ご紹介をしていただければと思います。
2018.07.01
不思議なパターン
日曜日はアートシーン
どこの場所かわかるだろうか。
ここは地元川口市の埼玉県産業技術総合センターの中にある、いわゆる「電波暗室」と言われているところである。電波の影響を受けない環境の中で実験をするときに使われるとのことである。
私はその方面の専門家でないため、部屋の機能の素晴らしさについては余りよく理解できなかった(すごい実験室であることは間違いないが・・・)が、それ以上に壁面の独特のパターンの連続があまりにも芸術的で感動をした。具体的には、壁からの突起物の迫りくる感じと、各突起物が作り出す陰影による立体感、そして見る角度によって様々な表情を見せる放射線状の造形、それぞれがとても印象的であった。きっと機能上このようになったのだとは思うが、機能的に突き詰めた物は、結果的に美しいものなのであろうか。もしかしたら、それを洗練と言うのかもしれない。若干飛躍的ではあるが、抽象芸術の魅力はそういうところになるのかもしれない。
2018.06.24
建設都有の地下鉄駅で・・・
ぱっと見、皆さんは何の写真か理解できたであろうか。
これは、2017年6月14日の神田駅である。今、オリンピックに向けて地下鉄各駅の改修が進んでいるが、その時は、壁面改修のためにホームの向かい側の壁が剥き出しの状態になっていた。私はこれを見た瞬間、前衛作家のモダンアート壁画かと思った。それくらいのインパクトがあった。俗っぽく言えば「カッコいい!」と思ったのである。
荒々しさと同時にレトロ感と郷愁を感じさせる構成。大きさと連続性から迫り来る圧倒的なパワー。古い倉庫の扉を彷彿させる中央の白い部分が全体から浮き上がり、構成全体にインパクトと動きを与えている。
これを見たとき、ふと思い出したのがかつて見たことのある三岸節子氏の絵である。落ち着いた色調の中に、内面から湧き出てくる力強さをよく覚えている。
工事現場に偶然現れたアートを発見した時の興奮は、周囲の人たちが気づかない大きな宝物を発見した時の感情に似ている。
2018.06.17
前川小学校門扉
川口市立前川小学校
昨年、前川小学校の建て替えに伴い、正門の制作をさせていただいた。
この門扉は、既存で今回の工事箇所の反対側に設置されている門扉と同じデザインで制作をすると言う課題があった。これは、「リバースエンジニアリング」と言われている方法で、すでにある現物から同じものを製作する技術である。文化財の復旧などにもその後術は使われている。モリチュウではかつて新宿区にある四谷見附橋の照明灯の復旧の仕事をしたことがあるが、それ以降事故破損等も含め様々なところで現物からの復旧の仕事をしている。
さて、前川小学校であるが、鋳物の特徴である造形性がしっかり発揮されている作品となっている。アルミ鋳物のパネル部分は、黒の塗装をした後に拭き取り仕上げをすることで凹凸を際立たせるとともに、アルミ鋳物の素材の色をしっかりと生かしている。フレームはステンレスで構成されている。構造上若干フレームの幅が広くなってしまっているところは残念ではあるが、アルミとの色合いもしっかりマッチしており、全体的にバランスが取れた門扉となっている。
ちなみにモリチュウでは、鋳物部分のみではなく、フレームやレール部分の製作にも対応している。
2018.06.10
「ハートの塔」
見たことのある方も多いであろう。
品川駅東口のデッキの上から見える二本の柱。圧倒的存在感。
これは、東京芸術大学鋳金研究室のメンバーが2004年に製作をした「ハートの塔」である(本当のタイトルはハートマークが2つ付いている)。
デッキから見てもその大きさに圧倒されるが、地上から見上げ、歩行者と比較すると、そのスケールの大きさをさらに実感することができる。そして確かにモニュメント上部にはハート型が見て取れる。
ビルや電信柱など高いものは他にもあるが、その存在感を圧倒的にしているものはなんであろうか。それはきっと素材であろう。これは鋳鉄製である。近くで見ると表面にひっかき傷のようなものがあるが、これは鋳物でなくては表現できない。念のため言っておくが、これはキズではなく「デザイン」である。もしこれが磨き仕上げであれば軽々しくなってしまい、圧倒的存在は感じられないであろう。表面のデザインに加え、鋳物の錆が表情に深みを与えており、「人と人、人と街の共生」という永遠の願いを語りかけてくる(ちなみに私は鋳物の「錆びフェチ」である)。
ハートという軽いイメージのものを、重厚感のある鋳鉄で表現するギャップも面白い。いずれにしても、鋳鉄をここまで大胆に使ったモニュメントは珍しいのではないかと思う。
2018.06.03
日曜日はアートシーン
先日、大阪に出張に行った際に見つけた透かしのレリーフ。
細かい網目の中でひと際目を引く美しいレリーフを見つけた。唐草の中に浮き立つ鳥は孔雀であろうか。孔雀は何と言っても、優雅で美しい。様々なところで抽象化されデザインのモチーフに使われている。そしてその美しさから、愛、美、幸福、富、繁栄の象徴とされている。その孔雀が左右シンメトリの唐草文様の中心にバランスよく溶け込んでいる。
材質は多分鍛鉄であろう。そして透かしのレリーフの本当の美しさは表からではなく内側から見たときに分かる。これはステンドグラスも一緒である。キリスト教の教会を外から見てもステンドの美しさは分からないが、内部から見るとその色彩の美しさに「はっ」と息を呑む…という経験をした方も多いと思う。
「このレリーフもきっと内側から見ると・・・」と思って見てみると、やはりそうであった。外側から見ただけでは分からない文様の美しさが浮き出てくる。そして何気なく配置されている網目とそれらをつなぐ構造部もしっかりデザインされていることが分かる。
このビルのオーナーがきっと「繁栄」を願って設計をしたのであろう・・・とその思いを作品から感じ取ることができた。
2018.05.27
ティンカーベルの来た形跡が・・・。
日曜日はアートシーン
「ティンカーベルの来た形跡か?」と思わせる作品がある。
この作品は、「川口総合文化センター・リリア」の1階にある。ピーターパンに出てくる妖精ティンカーベルのタクトからから放たれるキラキラとした光の粒、所謂「妖精の粉」が散りばめられているような世界が眼前に現れている。壁面から床面への連続している「妖精の粉」は、丸や三角、四角のアルミ(あるいはステンレスか)や真鍮という色の違う金属で組み合わされており、それがリズム感と動きのバリエーションを生んでいる。途中には市の花である「鉄砲百合」が鋳物で表現されており、そこが「おしゃれ」である。見ていて、「ワクワク」する素敵な壁面装飾である。
ちなみに、'Tinker’とは、「鋳造された鍋、釜などの鋳物製品の修理・修繕を行う職業。鋳かけ、または「鋳鐵師」との表記もなされる」らしい(ウィキペディアより)。リリアにティンカーベルの「妖精の粉」があるのは、単なる偶然であろうか。
2018.05.20
鋳物師たちへのオマージュ
鋳物師(いもじ)たちへのオマージュ
川口駅西口の公園にある鋳鉄製のモニュメント。これはフランスパリで活躍する岸田亮二氏の作品である。1992年の製作なのでもう26年も経っている作品、当時モリチュウで制作に関わらせてもらったので大変思い出深い作品である。
この作品の魅力は、鋳鉄のダイナミックさと素朴さ、そして緻密さが共に伝わってくることであろう。鉄が主成分である鋳鉄は素材そのものが力強い。また、鋳物は一度液体になるのでその流動性を生かした造形が可能であり、このモニュメントのように帽子や軍手、作業着などのリアルな表現も可能になる。
また、これは経年変化による鋳鉄の錆を生かした数少ない作品でもある。鋳鉄は一般的な鉄と違い時間が経っても腐食が進まない。その為いつまでも堅牢さを保つ。素材の特徴を熟知した作家だからこそ創作出来た作品ともいえる。
このモニュメントは、普段目に触れないところで大切な役割を果たしている「鋳物」たちと、それを作る「鋳物師」たちへのオマージュでもある。
2018.05.13
ザ・グレイテスト・ショーマン
日曜日はアートシーン
今日は最近大ヒットしている映画、「ザ・グレイテスト・ショーマン」について書きたいと思う。
かなり多くの人たちが既に観ていると思うが、素晴らしい音楽とダンスが織りなすエンターテイメント性の高さに加え、高い夢を持ち続けることの大切さなど、様々なメッセージを投げかけてくる、非常に感動的な作品である。
そのメッセージの一つに「アートのあり方」についての投げかけがある。当時主流だったクラシック音楽やバレエなどが真の芸術であり、それらは「高貴な人達の楽しみである」と言うのが片方の見方。それに対して、様々な特長(というかユニークさ)で対抗したのがビーティバーナムの、見世物小屋である。そこで、人はそれぞれ違っており、それが良さがあり、その人の価値であると言うヒューマニズム的主張を投げかけている。
要するに、「芸術は何のために、だれの為にあるのか」という問いかけである。これに対する答えを、バーナムは映画の最後で語っている。
The noblest art is that of making others happy. P.T.Barnam
(最も高貴な芸術は他人を幸せにすることである。ピーティーバーナム)
芸術は「グレートギャッツビー」や「肩をすくめるアトラス」とかに出てくる鼻持ちならないえせ高貴な人達の優越感を満たす道具ではない。クラシックであろうと、見世物小屋であろうと、純粋に人を幸せにするものが、真の芸術であると言っている。
私はこの考え方に全幅の賛意を表明したい。
2018.05.06
とあるビルの壁面を見て・・・。
この写真は2016年12月19日に撮影したものである。東京都内のとあるビルである。確か日本橋近辺であったような気がする。なぜ、撮影したかというと、数パターンの縦縞模様のファサードがリズミカルに配置され、とても美しかったからである。美しいというか「かっこいい」という表現の方が適切かもしれない。
まず、ファサード文様の組み合わせパターンがとても美しい。また、縦ラインのパターンが異なるため、微妙な陰影の違いがでる。そして、陰影そのものが、リズミカルな模様となり美し。光が当たると様々な表情を見せる。それがまた面白い。構成はシンプルだが、実は複雑なパターンの組み合わせである。考え抜かれている。
縦に伸びるイメージは建物全体をスッキリ見せる。以前ボンズ工房の赤川氏が「アメリカの建物の窓はみんな縦長なんだよ、だからカッコいいんだよね」と言っていたのを思い出した。確かに、縦縞の模様の方が、横縞よりもスッとした感じがする。
この壁面はコンクリート成形なのか、アルミ鋳物製なのかは見ただけでは分からない。しかし、コンクリートの場合ここまでスッキリとした表情が出せるだろうか・・・? もし、鋳物製であれば、面白いなぁ。
2018.04.29
横浜のガス灯
横浜は1859年に開港した港の一つ。その年は安政の大獄があった年で、日本国中が大混乱をしていたころであろう。その後明治維新となり、外国の文化が入ってきた。そして1972年に馬車道通りなどにガス灯が点灯した。
先日、横浜に行った際にたまたま通った「横浜都市発展記念館」にあったガス灯(写真)。これに思わず見とれてしまった。
ベース部から柔らかい溝がゆるやかな曲線を描いて上部に向かっていくエレガントな支柱。
デザイン全体にメリハリをつけるために美しい植物文様をあしらったアーム部(ちなみに、アーム部はガス灯を点灯する際にハシゴをかけるために必要だったとか・・・)。
機能とデザインのバランスが絶妙の灯具。
とにかく美しい。
そして、支柱とアームは鋳物でなくては表現できないデザインである。
機能ばかり強調される昨今、一見無駄とも思えるデザイン。しかしこれが人の心を豊かにし、幸せにする。街を美しく。この役割を担うのは「街のアクセサリーを創造する」をコンセプトにするモリチュウであると改めて感じた。
2018.04.22
日曜日はアートシーン「ニホニウム通り」
日曜日はアートシーン
理化学研究所(理研)の森田浩介グループディレクター(九州大学大学院理学研究院教授)を中心とする研究グループが発見した「113番元素」。2015年12月に国際機関がに新元素であると認定した。理研は埼玉県和光市にあるが、それにちなみ、和光市は最寄りの和光市駅から理研までの道を「ニホニウム通り」と命名し、あらたに整備された。
その道には各元素番号が記されたブロンズ鋳物製の路面板があるが、それをモリチュウで制作させていただいた(これについては後日ご紹介します)。また途中あるポケットパークには元素周期表の中で輝く「ニホニウム」をあしらったモニュメントレリーフも製作させていただいた。こちらはお話を聞いた瞬間に頭に浮かんだデザインで、個人的にも気に入っている。
道路整備は和光市の予算に加え、多くの方のご寄付で進められた。この取り組みは公共性の高い工事にいわゆる「クラウドファンディング」、つまり決められた目的に対し寄付を募るということで埼玉県でも注目されているとのこと。先日寄付者の名前が刻まれたプレートがはめ込まれ、モニュメントが最終形を見た(ブロンズ鋳物のレリーフは昨年に設置済み)。その式典が昨日行われた。ちなみに弊社会長の森敬介の名前もあった。
世界的快挙に関連する仕事をさせていただいたことは、モリチュウにとって大きな誇りである。
※写真があまり良くなくてすみません・・・。
2018.04.15
ボンズさん
ボンズさん
いよいよボンズさんの登場
昨日は、久しぶりの川口駅周辺の作品を一緒に見て歩いた。
ボンズさんは、本名赤川政由さん。銅板鍛造作家である。つまり銅の板を叩いたり折り曲げたりして作品を作る。ボンズは、坊主(ボウズ)の方言だとか。意味は子供を指す。本人と話をしていても、ボンズそのものである。
実は、ボンズさんの作品は、数多く川口にある。
いつまでも子供心を忘れないボンズさんではあるが、作品には必ず深いメッセージが込められている。
それは、川口の場合は「街の記憶」。変わりゆく街並ではあるが、かつてそこにいた人や、そこにあった日常生活を感じさせる作品。市井には教科書に載らない営みがあったはず。その誰しも忘れてしまいそうな記憶を、疎かにしてはいけないと、作品が優しく、そしてさりげなく語る。
「街の記憶」は川口を代表する建築家であった、叔父でもある森行世さんが常に建築作品に織り込んで来た。森行世さんとボンズさんは常に一緒に歩んで来た。
ボンズ作品マップを作成しなくてはと思いながら、まだ出来ていない。これをするのは自分だと自覚してはいるが。
2018.04.08
さとうそのこさん
「さとうそのこ」さんは、私が尊敬する銅板鍛造作家である赤川政由さんの奥様である。
その赤川さんのことは今後たっぷり書く機会があると思うが、今日は「さとうそのこ」さんである。
さとうさんも作家の一人で、特に人形作家と言われている。かつては「その子人形」で知る人ぞ知る人気作家であり、小学校の音楽の教科書の表紙を飾ったことがある。が、その才能は人形作家を超えていると、私は感じている。最近は平面での表現も増えており、絵本の挿絵を書いたりもしている。
表現はその人の中から出てくるものなので、作風そのものであるが、とにかく優しく柔らかい。「ほのぼの」という表現が最も相応しく、まさに春の作家なのだ、と感じる。
多くの作品に中で、私が特に好きなのは立川の保育園にある壁面レリーフである。モザイクで子供たちを表現しているが、その輪郭を赤川氏の銅細工で制作している。それにより全体が締まり、そのこさんの色彩が引き立つ。
残念ながら立川の幼稚園はモリチュウのプロデュースではないが、この組み合わせは是非モリチュウの手で再現したいと思っている。
2018.04.01
新市立高校
川口市新市立高校が竣工した。
お蔭さまで、校内のサインを製作させていただいた。
通常、教室のサインはステンレスやアクリルの板に黒い文字が書かれているようなものが多い。最近では木目調などやわらかい雰囲気の物も多くなってきたが、今回は川口ということもありアルミ鋳物での製作となった。
設計事務所の先生は、サインをとても重要視している方で、形状と鋳物らしさをどのように表現するか・・・を微に細にとことん考えていただいた。表面は無塗装であくまでも素材感にこだわった。製作側からすると無塗装は非常に勇気がいることだが、建築全体をイメージしている先生は、打ちっぱなしの壁面に生える仕上がりを明確にイメージされておられた。
結果、写真のような形状となった。平面から飛び出してきた立体ピクトサインは今までになく斬新で、視認性も高く、素朴で少しユーモラスな形状となった。学校の人気者になってくれればうれしい。
その他、引手、吊り下げのサイン、校章なども製作したが、これらについては改めてご紹介をします。
2018.03.25
勝鬨橋
先日、東京都中央区の豊海に行く用事があった。
その際に勝鬨橋(かちどきばし)を渡った。ふと横を見ると、歩車道との間の横断防止柵に鋳物のパネルが付いていた。
勝鬨橋は、東京都中央区にある隅田川に架かる橋であるが、その名前の由来に興味が沸き調べて見た。
すると大変興味深い内容であった。少々長くなるが紹介をしておきたい。
「1905年(明治38年)1月18日、日露戦争における旅順陥落祝勝記念として有志により『勝鬨の渡し』が設置された。」
「埋め立てが完了した月島には石川島造船所の工場などが多く完成しており多数の交通需要があったことで、1929年(昭和4年)「東京港修築計画」に伴う4度目の計画で架橋が実現した」。
「建設当時は隅田川を航行する船舶が多かった。このため陸運よりも水運を優先させるべく、3,000トン級の船舶が航行することを視野に入れた可動橋として設計され、跳開により大型船舶の通航を可能とした」。
「勝鬨橋の工事は1933年に着工し、1940年6月14日に完成。1940年に「皇紀2600年」を記念して月島地区で開催予定であった日本万国博覧会へのアクセス路とする計画の一環でもあったため、格式ある形式、かつ日本の技術力を誇示できるような橋が求められた。そのため、イギリスやドイツ等から技術者を導入せず、全て日本人の手で設計施工を行った。結果的に博覧会は日中戦争の激化などもあって軍部の反対により中止されたが、勝鬨橋は無事完成し「東洋一の可動橋」と呼ばれるほどの評判を得た」(出典は.Wikipedia)。
鋳物パネルをよく見てみると、橋面が跳ね上がり、船が橋の下を航行する姿が描かれていることが分かる。また湧き上がる雲と飛ぶ鳥に、我が国日本がこれから世界に出ていくんだという力強さが伝わってくる。日本の当時の勢いを感じさせる鋳物パネルである。「勝鬨橋の格式と技術力」を誇示するために鋳物も一役買っているのではないか・・・そうだとしたら、鋳物に携わる者としては大変うれしい限りである。
2018.03.18
マーボ君
今日は、立川で開催されていた、わいわいガヤガヤ展に行ってきた。
この「わいガヤ展」は、銅板鍛造作家の「赤川政由」さんと、奥様で人形作家であり、絵本のイラストも手がける「さとうそのこ」さんが中心になって、毎年開催している。そこには赤川さんの弟子達や、作家仲間達の展示もあり、金属造形や彫金などを中心に全部で12〜13人の方が展示していた。全ての作品が個性的で面白かった。
その中で特に目を引いたのが、石川マーボ君の作品である。マーボ君は1979年生まれの39歳、赤川さんの弟子として銅板鍛造の技術を学んだ。その後京都で友達と工房を開き、今は東京に戻っているが、今度5月からドイツに行き更に見物を深め、作品を進化させる予定になっている。
赤川さんの弟子として働いていた頃は、ジブリに出てくる宇宙船のような作品をよく作っていた。それが、今回は、ガラッと作風が変わっていた。京都にいた時に何か大きな影響を受けたのだろうか、洗練されているのである。地面に見立てたプレートから、すっと伸びる葉の作品は、「無言の静けさ」をいやがおうでも感じさせる、ある意味パワフルな作品だ。つまり空間の空気を変える力を持っているということである。パワフルに静を伝えるとは矛盾しているようだが、「書」に通じる世界といえばなんとなく伝わるであろうか。そして、本人の素直でまっすぐな人柄が作品にそのまま表れている。見ていて清々しいのである。
作品そのものが主張するのではなく、まわりの雰囲気を変える役割を果たす。マーボ君がこの境地を見出し始めたとしたら、今後が楽しみなアーティストである。
2018.03.11
三越前
先日、三越前駅に行く機会があった。階段上がり改札を出ると、柱の上に金属のガラリのような装飾が目に入った。
これは多分、当初駅ができた時からあるものだと思う。真鍮製の鋳物と彫金を組み合わせて作ったのではないか。
このレトロなイメージは、エムパイアステイトビルの上部の装飾につながるアールデコ調をイメージさせる。同時に、日本建築の欄間をイメージさせる和のデザインも取り入れられている。いわゆる和洋折衷だが、そのバランス感覚が素晴らしいと感じた。
決して古めかしい印象ではない。同時に、どことなくノスタルジックな雰囲気も感じた。それは、そこに脈々と流れ続ける豊かな時間(とき)を想起させるからではないだろうか。
2018.03.04
ブルー
何だか分かりますか。
今朝の空の色です。とにかく綺麗ですね。
「ブルースカイ」を写真で切り取ってみると、最も美しい「スカイブルー」の出来上がり!
となります。